宮の下古墳【消滅】

情報

宮の下古墳画像No.1

名称
宮の下古墳
撮影年月日
2004年12月10日
場所
兵庫県明石市大久保町大久保町
大きさ
不明
時期
不明
住吉神社の建築により1588年より前に消滅?
データの出典
明石史資料(考古編)第4集昭和60年(1985年)3月31日発行 より

怪説

最初の写真について

明石市大久保町大久保町(おおくぼちょう おおくぼまち)にある住吉神社です。ここの広庭が古墳を崩したところという話があります。

『明石市史 下巻』に、市内の神社仏閣の由緒や祭神祭日等が書かれていますが、それによるとこの神社は天正16年(1588年)にできたんだそうな。その際に古墳を壊したんでしょうか。江戸幕府が始まる15年前?

写真その2

画像No.2鳥居の左手から見たところ。古墳があったことを示しそうなものはなにもありません。あったら私が今参考にしている本に書いてるはずだし。

写真その3

画像No.3北側から撮影。人がいないので寂しい感じ。実はこの神社の西側には昔社宅が並んでたんですけど、この日行ったら建物は一つもなく整地されてました。家がなかったので寂しく感じたのかもしれません。

写真その4

画像No.4神社の西側。茶色いマンションの奥にみえるマンションは、昔JR大久保駅の南にあった神戸製鉄所の工場跡に立っているマンション群です。「ゆりのき通」という、脱力しそうな地名になってます。地名は記号じゃなくて歴史だと思いますので中身のない上っ面だけの名前は止めて100年後の子孫に対しても恥じない名称にしてほしいと思ったり。

下には谷八木川が流れており、そこからせりあがった台地の端に大久保町の住吉神社があります。中央やや右の奥には、木に隠れてみえませんが、下ヶ谷古墳があったとされる大久保小学校があります。

下では道路の工事が始まってました。この近くの田んぼでタナゴが泳いでいるのを見たことがあります。あとこの右手にJRの線路がありますが、その下の崖の一角に小学生のときの同級生の女の子が作ったペットの鳥の墓が昔ありました。いまもあるんだろうかと家に帰ってから思い出してみたり。

文書更新履歴

2006年10月1日
位置情報をgoo地図からGoogleマップに変更。
2005年12月10日
情報の「場所」を、goo地図に変更。
2005年9月6日
情報の「場所」を、Googleマップにリンク。地図中心に住吉神社があり、そこに古墳があったのではと言われています。神社の左側(西側)は2005年現在、従来あった社宅を取り壊したうえでの宅地造成や道路建設が行われています。
lf-x1@coomaru.com
公開:2004年12月25日
更新:2006年10月1日
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